・東日本大震災で考えさせられること -vol 47


 東北学院大学工学教授

 環境建設工学科 飛田 善雄

1.はじめに

2011311日に東北地方太平洋沖地震が発生した。巨大な地震で,津波を主因として18千人を超える方が死者・行方不明者として数えられている。震災当時,地盤工学会東北支部長を務めていたことで,学会の調査団の調整,調査報告書の作成,仙台市の造成宅地被害の専門委員会の運営など,地震被害とその対策にかかわるようになった。依然として震災前の気楽な学者生活に戻ることはなく,あわただしい日々を送っている。対策事業に関しては,多くの人の努力にも関わらず,空回りをしていることが多かったように思う。なぜ復旧復興がインフラ関係を除くと進まないのか,生活再建が掛け声ばかりで,実質的進捗が見られないのか。多くの疑問を抱えてしまった。自分なりに答えを見つけたいと思い,震災と法律,経済,リスク認知など関係する書物を読みこんだ。「なぜ,今回の大地震では復旧復興が進まないのか,その根本原因は何か」について私見を述べたい。

1995年の阪神大震災の復旧・復興過程と今回の東日本大震災のそれとがよく比較される。局所的被害と広域的被害,地震動による被害と津波による被害の差異,政治体系の違い,どの議論も一応の説明はできているが,すべてを説明できるものではない。多くの組織に蔓延している病理的状況が復興事業遅延の隠れた理由になっているように感じる。以下,いくつかの議論を振り返り,最後に建設コンサルタントのさらなる飛躍の必要性を論じてみたい。

2.震災時・後の対策事業の法律的整備の不備

震災に関わる法律をリスク回避型,クライシス対応型に分けることができる。リスク回避型とは,地震前,地震時にどのような対応をとるかという予防的措置に関する法律である。クライシス対応型とは,実際に災害が起こったときにどのような体制をとり,どのような支援事業を行うかに関する法律である。現在整備されている法律のほとんどはリスク回避型であり,クライシス対応型の法律整備,特に復興事業の目的や実務に関する法律は存在していない。今回の地震では,地震後6ヶ月を経過して「東日本大震災復興基本法」が施行されたが,その法律の条文の中に「復興」の定義は明示されていない。「ひとの復興か,ものの復興か」復興に対する定義の問題が地震被害の度に議論されており,時には大事な判断を遅らせることになる。

自然災害に関しては,1961年に伊勢湾台風の大きな被害を受けて制定された「災害対策基本法」が最も基本となる法律である。制定当時には妥当性があった「現金支給ではなく現物支給を」という基本的考え方も,現状にはまったく合致しておらず,被災者の生活再建の支援という観点からは現金支給のほうがより効果的であることは何度も議論・検証されているが,まったく解決はしていない。被害情報の収集についても被害を受けた自治体から県へ,県から国へとボトムアップ方式が依然として中心であるが,今回の大震災では無理があったとされている。この基本法を見直す動きが震災直後にあり,一部を改正する案が成立しているが,行政の枠組みの改善のみに限定されている。

3.根拠法がない場合の行政の動きは鈍い

確固たる法律が整備されていないときの行政の動きは極めて緩慢である。造成宅地の対策事業では顕著に表れた。多くの政府要人が造成宅地の甚大な被害を視察して,今回はこれまでの地震ではなかった対策事業がなされた。国土交通省の宅地耐震化事業の「大規模盛土造成地滑動崩落防止事業」を準用して,規模の小さな滑りも対象にして,復旧事業を展開することとなった。この事業は,「造成宅地滑動崩落緊急対策事業」と呼ばれ,東日本大震災復興特別区域法(201112月)において法的根拠が与えられている。震災後9ヶ月を経過していた。それまでは大規模事業での復旧事業を前提としていたために,地山と盛土の境界を滑り面(底盤すべり)とする被害を想定し調査を行い,住民に対しても説明してきた。より小さな滑りも対象とする条件緩和は,被災者にとっては望ましいことであったが,行政にとっては手戻りが多く,また方針変更は住民の不信にもつながった。

これらの事業は,具体的な調査方法や盛土の耐震設計法を明確に述べたものではないために,仙台市宅地保全審議会の内部に7人の大学人を委員とする技術専門委員会を設け,被害メカニズムの同定,耐震設計法,対策工法などについて検討を進めながら,復旧活動を行った。根拠となる法律や指針がない状況では,様々な調整に時間がかかり,住民の期待にこたえるような迅速な復旧事業とはなりえなかった。

4.法令遵守という呪縛

「根拠法がないので時間がかかるのは仕方がないこととしても,なぜにこんなに自治体の意思決定に時間がかかるのか」という素朴な疑問を感じた。「災害後の緊急時であるのに,意思決定は平時と同様になされ,必要とされる文書の量も平時と同じ」ことが原因のように感じられた。文書の簡素化など緊急的対応ができないことにも疑問に感じた。これも法的未整備が理由であろうと推察する。被災した住民のことを第一義的に考えて,迅速に対応しようとすれば,その賞賛すべき行動は平時の法令遵守を逸脱することになり,いずれかの時点で罰せられることになる。

有事対応に関する議論はタブー視され,まったく未整備であり大きな問題を抱えていることはこれまでも指摘されてきた。大災害時において具体的な復旧・復興活動の根拠とすべき法律が未整備のままでは,今回の被害を上回るであろう近未来の災害に対しても,今回と同様に行政が緩慢な復旧活動しかできないという事態の再現が懸念される。災害対策基本法および関連する法律の根本的見直しがやはり必要である。

この法令遵守の呪縛・弊害は,行政に限ったことではない。多くの組織に共通するものである。法令を遵守しているという証明のための文書作成に多くの時間を取られ,本当に必要な仕事ができていないという感想は多くの業界の方に共通しているように思える。「創造」を目的とする社会ではなく,「管理」を目的とする成熟した社会になっているということであろうが,管理型社会に対応できる法律的整備・改善がなされていないために極めてもろい社会構造になっているように感じる。有益な行為であっても,身分が保障されないことは何もしないという「先進国病」を患った状態となっているのではないだろうか。

阪神大震災の時点では,法律と現実の不備を埋める「政治主導」という動きが可能であったように聞き及んでいるが,今回は法律不備を回避するような動きはなく,法令遵守が浸透した雰囲気の中で,復旧・復興事業が遅れたように感じている。

5.科学技術は不可欠だが…

今回の震災の復旧・復興活動を学術的立場から支援するという役割を果たすために,この震災を機会に新しい有望な耐震工法を積極的に取り入れるように行政に働きかけることを自分自身の目的の一つとした。新工法の最初の公的適用事例となることは今後の震災復旧・復興に多大の貢献となると信じたからである。しかし,新しい工法の原理や適用性の学術的検討を行っている余裕はなく,従来工法を採用することしかできない現状を目の当たりにした。とにかく,時間がないし,調整に時間がかかりすぎる。災害前に突っ込んだ対策事業のシミュレーションがなければ,実際にはなんらの有益な活動を行うことができない。

被害メカニズムの同定,耐震計算法の検討,対策工法の選定などの技術的課題は,震災対応の一部でしかない。高齢化した地区においては,宅地を復旧することよりも安全な生活を再建するために,優先すべき対策事業がありそうであるが,未整備である。

「科学技術は不可欠だが,科学技術だけでは解決できない問題」があり,原子力発電や遺伝子食物などがその例としてあげられる。どうしても社会的コンセンサスが不可欠な問題である。震災後の復旧・復興事業も技術だけでは解決できない問題である。何を復旧すべきなのか。優先順位はどうか。何を目的に行うのか,「ひと」か「もの」等々の問題は,技術のみでは解を見出すことはできない。しかし,優れた方法論があっても,技術的可能性の検討がなければ,問題解決には至らない。

技術者が法律や経済的の枠組みに疎いのは事実であるが,それ以上に法律や経済の専門家は,科学技術に弱い。ごく簡単な力学の問題であっても,正しく理解することは絶望的であることを考えると,技術者が自分の領域を広げるしかない。

建設コンサルタントがその社会的地位を高め,社会貢献をなすためには,より一層の技術力向上とともに,本当の問題解決のために必要とされる広範な知識とスキルを身につける必要性を強く感じる。技術的問題だけが,技術者としての自分の課題でありそれ以外には興味は持たないということでは,世の中から信頼されるコンサルタントにはなりえないように思う。技術を有する総合コンサルタントへの期待は大きい。